想いおもい

如意随筆 ——「頂いたもの」

 このたび、大本山永平寺での安居生活を終え、無事に戻ってまいりました。
一年という決して長くはない時間ではありましたが、多くの学びを得ることのできたかけがえのない日々であったと感じております。

 そんな一年間の中で、私は永平寺にて多くのありがたいご縁を頂戴いたしました。なかでも、私にとって最も大切な存在となったのは、同じ年に上山した同期たちです。お寺では同期のことを、同じ安居と書いて「同安居(どうあんご)」と呼びます。私には五十四人の同安居がおります。

 苦しい時も、うれしい時も、ともに過ごし、ともに支え合った同安居には、感謝の気持ちと「出会えて本当によかった」という思いでいっぱいです。厳しい修行生活の中で、私は何度も同安居に助けられました。それは日々の公務の場面だけではなく、心の面においてもです。事前準備が足りず、何もわからず、叱責されていた私を同安居が自分の時間を削ってまで助けてくれました。また、何度もやりたくないと思った廻廊清掃(毎朝の境内の雑巾がけ)も声を掛け合いながらなんとか毎日行うことができました。私一人では、決してこの修行生活を乗り越えることはできなかったと思っております。

 また、同安居から「ありがとう」や「栄元がいてくれてよかった」という言葉をかけてもらえた時、これまで支えられてばかりだと思っていた私自身も、誰かの力になることができていたのだと知り、大変うれしく感じました。

 人は決して一人では生きていけません。必ず誰かの支えがあってこそ生きていけるのだと思います。「自分がされて嫌なことは人にしない」とよく言われますが、それと同じように、「自分がされてうれしいことを人にもする」という心を大切にしていれば、その思いは自然と良縁となって返ってくるのではないでしょうか。いただいたご縁を良縁にするか悪縁にするかは、自分自身の行い次第なのだと、この一年を通して深く感じました。私は同安居との大切なご縁を、良縁として育むことができたのではないかと思っております。

 今後は、永平寺で学ばせていただいたことを土台としながら、師匠である住職のもとでさらに多くを学び、檀家様をはじめ、多くの方々、そして地域により深く寄り添うことのできるお寺を目指して精進してまいります。

吉祥寺徒弟 志比栄元

永平寺の修行を終え今はまた大学生へと戻りました。帰って来て永平寺での修行の辛さを口に出すこともありませんが、太くなった指の関節とたくましくなった腕を見ると、頑張ってきたのだなあと感じます。今後とも皆様のご指導よろしくお願いいたします。(母)